2年目の6月17日
楽しい思い出だけが残ったら、それを「成仏」というのです。
新聞を読んでいて、はっとする言葉が目に入りました。
そして「ああ、また6月17日がくるんだなぁ」と思いました。
書きかけのまま、ほぼ2年間「下書き」に保存されていた日記がありました。
タイトルは『最後の老犬介護』。
*****
話は、2012年6月17日の朝にもどります。
7時頃だったでしょうか。
いつもの朝と何の変わりなく、Teaのフォンフォン言う声に起こされました。
Teaを床に置いたベッドから抱き上げ、いったん私のベッドに座り、
乳飲み子のように抱いてハグハグし、おはようのご挨拶。
いつもに増して本当に可愛い顔で、笑っているような口元で、
何か言いたげに私をじっと見た、そのTeaの顔はきっと生涯忘れないでしょう。
Teaを抱いたまま、再び立ち上がった瞬間、
サーッと私の足に流れおちたのは、Teaの血便でした。
急いでリビングに連れて行き寝かせ、ねねを起こし、
2人して呼吸困難になっているTeaの呼吸を落ち着かせましたが、
それ以後意識はもどらず、酸素ハウス内に寝かせ9:00を待って病院に電話。
Teaの状態をお話しして、「様子を見て病院につれて行きます」と言う私に、
「病院の行き帰りや、病院の中で亡くなってしまうことも考えられるので、
お家で皆で見ていてあげた方がいいと思います。」と先生。
たぶん先生のおっしゃる事が正解なんだと思いながらも、
注射や点滴でまた元気を取り戻すかもしれないという気持ちも。
「痛いとか、苦しいとかいう様子には見えないのですが、本当にそうでしょうか。」
「痛みは無いと思います。ただすごくダルイと思います。」
ちょうどお薬を取りに行く日だったので、私ひとり病院に行くことにしました。
もう錠剤のままでは飲めないだろうから、シロップ状にしてもらうことにして。
不思議と、私が病院に行っている間に旅立ってしまうという気はしませんでした。
変身前
変身後。まるでミックスジュース
結局、このシロップは一口も飲むことはありませんでした。
Teaちゃん、甘いお薬飲みたかったよね。
お薬は錠剤のままのほうが効くから、最後までそのまま飲ませていたのですが、
もっと早くシロップにしていただけばよかったと思っています。
病院で、お薬をいただく前に診察室で先生と色々お話をしました。
もう詳しいことは覚えていないのですが、スイカの話など。
水分とらせるために、スイカをジュースにしてちょっとづつ口に含ませていましたから、
今年(2012年)はスイカが安くて甘くてよかっただとか。。。
Teaはスイカが好きでしたが、桃はもっと好きでした。
ちょうど前日、スーパーでその年初めて桃を見つけ、まだまだ高いなぁ、
どうしようかなぁと迷いながらも買って、ペーストにしてTeaに食べさせていました。
この桃のことは、Teaが亡くなった後「もっと、もっとこうすればよかった」と、
押し寄せる後悔の波から守ってくれる防波堤のようなものになりました。
10やってあげられなかった事があったとしても、何か1つ、
「ああ、そうしてあげられて本当によかった」と思うことがあったら、
それで良いのではないかと思います。
*****
今、我家にはみるくという2代目のキャバリアがいます。
家族皆から、毎日毎日飽きもせず、可愛い可愛いと甘やかされています。
たまに、みるくの笑える行動に、「Teaだったらこうしてるね」という声があがります。
「ふふっ」「ハハハハ」と、そこにいる誰もが笑います。
時々みるくをかまっている時に、Teaは今何と思っているだろうと考えます。
「僕にはそんなことしてくれなかった」なんて思ってないかなって。
みるくの中にはTeaがいるんだよ。
でもね、みるくはTeaの代わりではないんだよ。
そうやって、きっと本当はTeaもみるくも全く気にしちゃいないことを、
語りかける母なのでした。
そうそう、miniTeaからのお知らせです(^-^)。
僕にも妹ができました
Petit Milkteaです。よろしくね
あの日、花の盛りで雨に濡れ、重そうにしだれていた我が家の紫陽花『墨田の花火』。
今、花の盛りはまだこれから。お日様の光をいっぱい浴びて上を向いています。
Teaの命日に寄せて。
2014.6.17 rino
新聞を読んでいて、はっとする言葉が目に入りました。
そして「ああ、また6月17日がくるんだなぁ」と思いました。
書きかけのまま、ほぼ2年間「下書き」に保存されていた日記がありました。
タイトルは『最後の老犬介護』。
*****
話は、2012年6月17日の朝にもどります。
7時頃だったでしょうか。
いつもの朝と何の変わりなく、Teaのフォンフォン言う声に起こされました。
Teaを床に置いたベッドから抱き上げ、いったん私のベッドに座り、
乳飲み子のように抱いてハグハグし、おはようのご挨拶。
いつもに増して本当に可愛い顔で、笑っているような口元で、
何か言いたげに私をじっと見た、そのTeaの顔はきっと生涯忘れないでしょう。
Teaを抱いたまま、再び立ち上がった瞬間、
サーッと私の足に流れおちたのは、Teaの血便でした。
急いでリビングに連れて行き寝かせ、ねねを起こし、
2人して呼吸困難になっているTeaの呼吸を落ち着かせましたが、
それ以後意識はもどらず、酸素ハウス内に寝かせ9:00を待って病院に電話。
Teaの状態をお話しして、「様子を見て病院につれて行きます」と言う私に、
「病院の行き帰りや、病院の中で亡くなってしまうことも考えられるので、
お家で皆で見ていてあげた方がいいと思います。」と先生。
たぶん先生のおっしゃる事が正解なんだと思いながらも、
注射や点滴でまた元気を取り戻すかもしれないという気持ちも。
「痛いとか、苦しいとかいう様子には見えないのですが、本当にそうでしょうか。」
「痛みは無いと思います。ただすごくダルイと思います。」
ちょうどお薬を取りに行く日だったので、私ひとり病院に行くことにしました。
もう錠剤のままでは飲めないだろうから、シロップ状にしてもらうことにして。
不思議と、私が病院に行っている間に旅立ってしまうという気はしませんでした。
変身前
変身後。まるでミックスジュース
結局、このシロップは一口も飲むことはありませんでした。
Teaちゃん、甘いお薬飲みたかったよね。
お薬は錠剤のままのほうが効くから、最後までそのまま飲ませていたのですが、
もっと早くシロップにしていただけばよかったと思っています。
病院で、お薬をいただく前に診察室で先生と色々お話をしました。
もう詳しいことは覚えていないのですが、スイカの話など。
水分とらせるために、スイカをジュースにしてちょっとづつ口に含ませていましたから、
今年(2012年)はスイカが安くて甘くてよかっただとか。。。
Teaはスイカが好きでしたが、桃はもっと好きでした。
ちょうど前日、スーパーでその年初めて桃を見つけ、まだまだ高いなぁ、
どうしようかなぁと迷いながらも買って、ペーストにしてTeaに食べさせていました。
この桃のことは、Teaが亡くなった後「もっと、もっとこうすればよかった」と、
押し寄せる後悔の波から守ってくれる防波堤のようなものになりました。
10やってあげられなかった事があったとしても、何か1つ、
「ああ、そうしてあげられて本当によかった」と思うことがあったら、
それで良いのではないかと思います。
*****
今、我家にはみるくという2代目のキャバリアがいます。
家族皆から、毎日毎日飽きもせず、可愛い可愛いと甘やかされています。
たまに、みるくの笑える行動に、「Teaだったらこうしてるね」という声があがります。
「ふふっ」「ハハハハ」と、そこにいる誰もが笑います。
時々みるくをかまっている時に、Teaは今何と思っているだろうと考えます。
「僕にはそんなことしてくれなかった」なんて思ってないかなって。
みるくの中にはTeaがいるんだよ。
でもね、みるくはTeaの代わりではないんだよ。
そうやって、きっと本当はTeaもみるくも全く気にしちゃいないことを、
語りかける母なのでした。
そうそう、miniTeaからのお知らせです(^-^)。
僕にも妹ができました


あの日、花の盛りで雨に濡れ、重そうにしだれていた我が家の紫陽花『墨田の花火』。
今、花の盛りはまだこれから。お日様の光をいっぱい浴びて上を向いています。
Teaの命日に寄せて。
2014.6.17 rino